プロフィール

香菜

Author:香菜
大槻ケンヂ先生、narasakiなっきー、ルーク篁さま、ANGEL-TAKAさん(肉眼で確認できる唯一の天使)、クラオカユウスケさん、点々さんが大好きです。

好きなバンドはCANTA、宇宙戦隊NOIZ、えんそく、My BACTERIA HEAT IsLAND、特撮、筋肉少女帯、coaltar of the deepers、INO HEAD PARK、eversetなど。

ライブという空間が生きがい。
しかし対社会スキルが異様に低いので人が多い場所ではキョドります。すみっこで生きてます。
脳内ダダ漏れチラシの裏blogです。
生まれてすみません。
Twitterでは「ザジ」という名前です。
どちらでも呼びやすい方で呼んでくださいませ。

最近の記事

カテゴリー

月別アーカイブ

04 | 2017/05 | 06
S M T W T F S
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
ザジ、あんまり殺しちゃだめだよ。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告
2017-05-01 ラッコ 仙台spaceZero
シドヴィシャスツアー後半戦。

ファイナルの新宿ReNYを除けば、地方は仙台と名古屋を残すのみというところで。
てんてんさんの地元である仙台のワンマンは、なんとかして参加したいと思っていた。

私はてんてんさんを仙台で見るのは2回目だった。
1回目は、MBHI最後の仙台ワンマン。
今回も平日ゆえに色々と厳しいところもあったのだけど、見届けられて本当によかった。

ステージの上のてんてんさんは、私にとってはいつだって世界一かっこよくて、唯一無二のロックスターで。
それでも同じステージは二度とないんだなって、そんな当たり前のことを毎度痛感させられる。

それは対象がてんてんさんでなくても、どなたであっても変わりはないんだけれど、
てんてんさんはなんというか、奇跡みたいなパフォーマンスをされてしまう方だからそれが顕著で。

だから目を離したくないと思ってしまう。

そして私がある意味、記憶の中の点々さんの幻影を求めてしまっていたのも事実だ。

「あの日見た奇跡みたいな」「生涯忘れられない」
この世のものではないように触れ難くて、孤独で、美しいてんてんさんを。

そうやって型にはめて愛そうとしては、噛み合わなさに苦しくなったり、自分の残酷さに気づいて血の気が引いたりを繰り返して、
今は比較的ニュートラルな状態で、「ラッコのてんてんさん」を受け入れられるようになってきた。
最初は言い聞かせるのがやっとだったけれど。

なんというか、てんてんさんご自身の変化も進化も少しずつ言語化できるレベルで感じられるようになったので、
それを文脈に落とし込んで私が理解しようとし始めた、というのが自分にとっては大きい。
本当に素直なファンじゃなくて申し訳ないと思っている。

あくまで私の受け取り方の変遷であって、てんてんさんご自身をよく知る人からすればピンとこないことばかりだろうけれど、
今の感覚を書き留めておきたいので文字にしておきます。


「傷口を開くようにして内面をさらけ出して、孤独の底で泣いているような切なさで歌う姿」
それこそが私が点々さんにもっとも惹かれてしまう理由だった。子供みたいな純粋さで。
時折、周りにこんなに人がいるのに、世界に一人ぼっちみたいにして歌う点々さんが好きだった。
誰も見えていないみたいに、小さな子供みたいに俯いて、泣きそうな声で歌う点々さんが。


ラッコのてんてんさんは、ご自身の表現を突き詰めようという姿勢はそのままに、
自分を信じて付いてきているファンへの真摯さと、
さらに一歩進んで、見ている人間に伝えようと、届けようとする強さをより強く感じるようになった。

わかる人にだけ、伝わる人にだけ伝わればいい、というのではなくて
受け取り側の感性に任せながらも、力強く手を引こうとする意思を感じるようになった。

オーディエンスがライブという非日常に求めている、日常をぶち壊すためのエネルギーのようなもの。
会場の熱を受け取って、昇華しようとしてくださっているのを、ひしひしと感じるようになった。

ある意味それもジーザスクライスト・スーパースター的であるかもしれない。
『私達のために犠牲になって、十字架に磔になって、美しいものを見せてください。』
そんな残酷な崇拝。

「Camaro69’」の歌詞にあるとおり、

<余ってたらあげるよ この命削ることくらいなんてことない>

それがてんてんさんなのかもしれない。

私はてんてんさんに、ご自身をすり減らして、人間離れして尊い、極限の表現を見せてくださることを求めてしまっているのではないかと考えては怖かったけれど、
その身を削るような表現が、今までの怖々と見守るものから、力強く支えてくれるものに変わりつつある気がする。

てんてんさんは変わりつつあると思う。少なくとも私はそう思っている。
遠回りをしつつ次のステージにのぼられたような印象がある。

ラッコのてんてんさんとして、届くまで続けてほしい。
そして私も目を見開いて、てんてんさんの変化についていきたい、と静かに決意した。

受け取り側の問題であることはよくわかっているので変わったのはてんてんさんでなく自分自身なのかもしれないけれど。
なんにせよ行間を読みすぎなのは私の病的なところだ。


前置きはここまで。不確かな記憶ですが忘れたくないと思ったことを書き留めていきます。

<2017-05-01 ラッコ oneman TOUR 2017 『シドヴィシャス』仙台spaceZero>


本編は公式のセットリストより1曲多くて、追加で2回目のほろ苦ィ。を演奏してくださった。

開演前と終演後の会場SEはてんてんさんセレクトということで、私は1曲もわからなかったのだけど、
Shazam(アプリ)で調べた結果、「Flood Of CircleのBlues Man」「the band apartの@シークレット・トラック@」「The Band ApartのFool Proof」などといったラインナップだった模様。

初めて訪れたライブハウスだったけれど、コンパクトな構造のわりにステージが高さがあって、後方からも見やすかった。
ドラム台もあって、higiriさんもよく見えた。

てんてんさんのこのツイートがあったので、どんな風にライブが始まるのかは戦々恐々と楽しみにしていて。


開演定刻から少し過ぎた頃、BGMのボリュームが上がる。普段登場SEで使っている曲ではなかったので、その時点で何か違うなという印象はあったものの、
ステージの幕が開くと、暗がりの中、メンバーさんがすでにスタンバイされていた。
いわゆる板付という状態だ。

確かにこれはいつもとは勝手が違う。普段ならお一人ずつ登場されながら客席を煽ったりされるけれど、
普段を動とすればこの日はまさに静だった。
てんてんさんはいつもはすぐ脱いでしまうジャージ上着のジップを首元まで閉めて、マイクスタンドに手をかけている。
雰囲気の違いにどきどきしていると1曲目が始まった。


1.雨の怪虫

1曲目から、この曲なんだ。鳥肌が立つようだった。
てんてんさんの吐き出すような痛切な歌声。

静かめな曲だけれど、バラードとくくってしまうには、内に秘めたどうしようもなくどろどろしたものにふさわしくない気がして躊躇いがあるような、ひたすらに聴き入ってしまうような曲。

しんと静まり返った空間で、息をひそめるようにしてじっと、てんてんさんの声に耳をすませる。
1曲目に配置されたからこそ、そんな聴き入り方ができたと思う。

歌詞の内容は「ひきこもりの芋虫の歌」だ。
てんてんさんご自身が音楽活動をできずにいた時期も投影された内容だと聞く。
私はてんてんさんの内省的な歌詞世界がとても好きなので、この曲はラッコの曲の中で2番目に好きで。
うずくまり膝を抱えて外界を遮断しながらも、いつか蝶になる日を願う芋虫。

<優しくなりたい 乾かないなら ふやけて羽化したい>

この最後のフレーズを歌う時のてんてんさんはいつも泣いているように痛々しくて。
てんてんさんが放つ感情をできる限り受け止めたいなって、歌詞の一節一節を、噛みしめるようにして聴いていた。
そんなに演奏頻度は高くない曲だから、毎回、全身で受け止めようと必死だ。

てんてんさんの歌を引き立たせるように、演奏は意図的に目立たないようにされているようにも感じるのだけれど、
ベースラインの際立つ感じとか、ギターのアルペジオとか、惹きつけられるポイントも沢山ある曲だと思う

本当に、この曲が好きすぎて1曲目でもはや気持ちがクライマックスになってしまった。


2.偽物語

続いて始まったのがこの曲だったので、確かにこれはてんてんさんらしい「裏切り」なのかもしれないと思った。

ライブの導入部で、激しい曲でも走り回る曲でもなく、ひたすらに聴かせる曲を選ばれるということ。
歌を、曲をストレートに聴かせたい、聴き入らせたいというお考えだったのかもしれないし、
ラッコの曲には、てんてんさんの歌には、そのポテンシャルが充分にあると思う。
派手なパフォーマンスも魅力的だけれど、削ぎ落としてもなお、光るものがある。

偽物語もリリース時のインタビューなどでは過去の自分の経験を遠回しに歌っているというお話をされていたので、
聴く度に胸が痛くなる曲だ。
私がてんてんさんという人物に抱いているいくつかのイメージや憧憬が輪郭を持ってあらわれているようでもあるから。

<騙してるつもりが騙される側になり 本物にいつか成れると信じた>

<遺書として残したなら・・多少は信じて貰えるのかな 沢山の人を裏切ってしまった、これは最後の泣き言>

てんてんさんは誠実な人だと思う。自分の理想に対しても、自分に憧れているファンに対しても。

理想像との乖離が耐えられずに結果を急ぐようなところがあるのではとないかと思っている。
そして約束を守りたがる人で。
子供みたいな純粋さで未来の話をするけれど、その言葉が矛盾したり遂行できなかった時に必要以上にというか常人とは違う傷つき方をされているように、見える。

そんなことが脳内を駆け巡って、1曲目、2曲目と本当に涙が止まらなかった。
ちゃんと目を開けててんてんさんの表現を受け止めたいという思いと、ひたすらに泣いていたい気持ちで感情がぐちゃぐちゃになったけれど、
もうこの2曲だけで、私は今日ここに来たことに、この場所に存在できたことに意味があったと思った。

ライブの感想から遠くなってごめんなさい、自分の感情の動きとして記録しておきたかった。


3.色彩皆無

曲に入る前だったろうか、てんてんさんがジャージ上着を脱ぎ捨てるのが見えた。
イントロ中に客席に向き直った視線の鋭さが2曲目までとはがらりと変わっていて、あ、モードが切り替わったんだな。なんて思った。

私の方はというと感情の切り替えができていなかったので心ここに在らずだったけれど、
てんてんさんが支配する空間の熱が一気に上がるのは肌で感じて、そのことにまた感極まったのを覚えている。

オルガンっぽいフレーズのあとのギターはmilkさんのパートなのだけど、穏やかな中にもセンスを感じる音で好きだなとあらためて思った。
milkさんは私の中ではまだまだ「爪を隠している鷹」属性だ。
すごく、てんてんさんの声を活かすことを大切にしてくださっているギタリストさんだと思う。
milkさんのギター好きだから、今後さらにそのテクニカルさを見せつけるようなプレイも見たいと思っている。

この日はてんてんさんが喉が痛くて調子がよくないと聞いていたので心配していたのだけど、
激しい曲でも声量が衰えることなく、むしろいきいきとされているように見えた。

高音部のパートを時折オクターブ下げをされていたけれど、それは最近多用されているというか自然に切り替えられている印象。
以前なら歌えなくなって諦めてしまうこともたまにあったけれど、それが本当になくなったなあと思っている。


4.ほろ苦ィ。

言い回しを正確に覚えていないけれど、曲に入る前にてんてんさんが「場所関係なく暴れられますか?!」というような煽りをされていたと思う。なのでGoogly eyesかほろ苦ィ。なんだろうな、と思っていた。

この曲でSANさんがワウペダル踏むのが好きで好きで仕方ないんだけど、
イントロとAメロではいつも踏んでらっしゃるものの、ギターソロでは最近はセンターで弾かれることが多いのでワウは使わないことが多くて。

仙台で久しぶりにワウ踏みながらソロ弾かれているのを拝見できて、非常に高まった・・・。良かった・・・。
ちなみにこの日2回ほろ苦ィ。あったけれど、ソロでワウ使ってらしたのは1回目だけだったので、やっぱり貴重なものを見た、という気持ち。

SANさんのワウペダルはcrybabyのはず、変わってなければ。(始動間も無くの頃インストアでうかがった)
ワウが好き・・・もう意味わからんくらい好きなのでもっと使用される曲増えますように・・・。

あとは横モッシュよりくるくるモッシュが好きなので、この曲の時は人がいない後方でひたすらくるくるできて楽しかった。

てんてんさんがマイクのコードを掴んでぐるぐる回してはマイクを空中でキャッチするのを、てんてんさんらしいなあって眩しいような気持ちで見ていた。

ここでMC。
お話された順番などはあまり覚えていないので適当です。

てんてん「こんばんはー。今日は俺の地元の仙台だってことで、限りなくオナニーな始まり方をしてみました」

自己満足では終わらないものがあったと思います。

てんてん「ツアーファイナルの新宿ReNYまであと・・・(Ivyさんに)俺の頬になんて描いてある?『2』ね。残すところ2回です。これ1つずつ減っていくんで」

てんてん「風邪か花粉かわかんないけど鼻水がすごくて・・・(higiriさんに)そこの鼻セレブ取って。」

ドラムセットの後ろに置いてあったらしいティッシュをてんてんさんに渡してあげるhigiriさん。
鼻をかんで、ティッシュを後方に放り投げるてんてんさん。

てんてん「仙台の花粉って強いの?仙台の空気大好きだから、俺が仙台の花粉全部吸って帰るから!!」

てんてん「ライブ前にラメさんがこれ飲んで!病院の薬だから!ってくれて、ライブ前だけど大丈夫かなって思った(笑)」

てんてん「くらくらしてるけど、そんな時だからこそ出せるものもあると思うから。撒き散らかしていけるか?!・・・違うな、撒き散らかすの俺だわ。受け止めていけるか?!」


5.数の原理

会場限定発売のシングル曲。
鼓笛隊みたいな独特な導入部が印象的な曲で、ラッコの一筋縄ではいかない雰囲気をよくあらわしている曲だと思う。
いろんな要素があって(グロウルもあるしサビはとてもメロディアス、展開も独特に感じる)、
SANさんは打ち込みのプログラミングもすごく長けていらっしゃるんだなと感じて、聴くたびに感嘆するポイントが増える。

ライブで聴くのは私はこの日が2回目で、とても楽しみにしていた。

<そろそろ地上にでます 逢いたくて遭いたくて 鳴き声をこの世に響かせたい>

<好きな事やりつづけ死ねるなら短命でいいさ>

またてんてんさんの言葉で脳髄をぶん殴られて、てんてんさんとは別の意味でくらくらした。
てんてんさん、歌詞を大切にされていると思うし、事象に対して研究もされて言葉を選ばれているんだなとインタビューを読むと感じるんだけれど、やはり直感の人であるという印象が一番強くて。

そして何より、伝えたいこと歌いたいことの根幹にあるものがずっと変わらない。私はそう受け取っている。

「歌いたい、死ぬまでステージに立ち続けたい」

ということ。バンドが変わっても歌う曲が変わっても。てんてんさんはずっとそうやって歌ってきたんだって。
何度も痛感させられる。
そんなことを考えていたら、疾走感のある激しめの曲調のこの曲を聴きながら、また涙があふれた。
てんてんさんの歌声はいつだって私の感情をこじあけにくる。制御できない。


6.液体

ラッコの曲の中で、一番のライブチューンだと思っている。
Ivyさんのベースソロからの始まりでぞくぞくしていたら、てんてんさんが上手側のスピーカーにつかまるようにして客席側に乗り出して、冒頭のフレーズを叫ぶ。

てんてん「『今 流行りの デトックス!!』」

2回目のサビに入る前の「私光るわ」の後、higiriさんがかっこよすぎるポイントがあるので注目してほしい・・・
好きすぎる。そこだけではなくずっと、各メンバーさんのかっこよさの応酬すぎてくらくらする。
この日のギターソロ回しもとてもとてもよかった。
milkさんもSANさんもお二人ともすごく巧い人なのでさらっと涼しい顔で演奏されていることも多いのだけど、この曲のソロの時は若干バトル風味な勢いがあってそれが好き。

「こんな歌嫌い」の歌詞で静かになるところで、

てんてん「ここ、座ってみる?」

と全員座らせる。私はこの曲で座るの初めてだったのだけど、たぶん実際初めてやったような初々しさだった。
メンバーさんの中ではSANさんがブーツのせいか座りづらそうにして時間がかかる。

てんてん「遅いよー!(笑)・・・えーとこのあとどうしよ。一斉に立つよ?」

SANさんが今度は立つために体勢を整えていると、てんてんさんが、あ、座るのも立つのも大変なんだねみたいな反応をなさっていた気がする。

曲調の激しさと演奏のかっこよさに、ライブではずっと頭に血がのぼるような気持ちで聴いてしまうのだけど、
歌詞の世界観もてんてんさんらしさが炸裂しすぎていて呼吸困難になる。
端的にはリストカットの曲なのだけど、

<泣かぬ蛍が身を焦がす 飛べずに我慢した末路赤く>

とかぞっとするような言語感覚だと思うし、

<裂け目いっぱい君の腕 キズモノになった君を僕に頂戴>

に至ってはぶん殴りたくなりました。(ぶん殴りません。)

リリース前にこの曲について「傷物になっても俺がもらってやるから心配すんなって曲」と語ってらして、
もうなんというか憤死しそうになったし死ぬほど好きだと思ったのでずっと忘れられない。
無責任なこと言ってんじゃねえよ!という気持ちと、そういうところがめちゃくちゃ好き!という気持ち。

あと羨ましい。私は精神が強靭なメンヘラだったので刃物に頼ることができないタイプの弱さをずっと抱えていたから。
てんてんさんが救いたいと思うようなタイプのファンには一生なれないんだなと自覚した曲でもある。
そんな浅い話じゃないのはわかっているけれど。という、闇が深い話でした。死にたい。

そんなことは横に置いておいても、本当にライブ映えする曲なのでライブで聴いてほしい。ぜひ。


7.百足

この曲も楽器隊の底力を感じる楽曲なのでぜひライブで聴いてほしい。鳥肌立つ。ライブ中に何度ぞくっとしてるかわからないけど、本当に凄いから。
冒頭のフラメンコギターっぽいフレーズをライブでは普通のエレキギターで再現しているのも好きだし、
Aメロあとのドラム、歌詞でいうと「百足の虫は死してたおれない」のあとのフレーズとか、私がhigiriさん本命ならそこで死ぬんじゃないかと思うほどかっこいい。

そしてこの曲の時のてんてんさんは前半でいつものめり込むように歌われるなあと思う。
途中の静かになるところの、「だって要らないもの押し付けられる様なこの日本で」のあたりで歌詞が飛んでしまうのを2回連続で見たので余計に、それまでの勢いと憑依で歌っているものが途切れるのがこのあたりなのかもしれないなあなんて邪推をしながら見ているかわいげのないファンです。

新横浜で歌詞を飛ばした時は、歌詞がすっと出て来ないことにご自分でびっくりしたみたいなきょとんとした顔をされてらしてそれが珍しいなと思ったのだけど、
仙台では普通に焦りが見えて、「あー・・・くそっ!」なんて言葉が聞こえたので、薬でくらくらしてらっしゃるのがこういうところに少し出ているのかなと思ったりして。てんてんさんがんばって・・・と脳内でそっと祈った。

正確かどうか自信はないのだけど、この曲に入る前に確か(MCとはまた別のタイミングで、というおぼろげな記憶がある)こんなことを。

てんてんさん「あらためまして・・・ラッコoneman tourシドヴィシャス仙台公演、お越しくださいましてありがとうございます。」

てんてん「こんな湿っぽいところにわざわざ来てるんだからさ。ここで暴れないでいつ暴れるんだよ!!暴れていけますか?」


8.終焉詐欺

新横浜の感想でも同じこと書いたけど、私は眼鏡屋さんの曲をまだ心から愛せていないのでどこか温度差のある聴き方をしてしまうのだけど、
ライブチューンだと思うしてんてんさんがとても映える曲だと思う。そしてV系のイベントでもきっとすごくすんなり受け入れられそうな気がする。
なのでイベントでの登場頻度が高い曲な印象。横モッシュあって折りたたみあって拳もヘドバンもできる、みたいな。

あとギターソロかっこいいなあ・・・。この曲に限らないけれど、もうソロの度に全員に咲きたくなってかなり節操がない感じなので、後ろで見ているのが自由でいいなと思ったりする。てんてんさん以外には全員に咲いてる。

そしてこれは強烈に萌えた話なので執拗に細かく書くけど、アウトロ中にてんてんさんがマイクをぐるぐる振り回していたらIvyさんにぶつけてしまって。
ゴツっと音がして客席からも悲鳴があがる。てんてんさんがめずらしく慌てた様子でIvyさんの頭をなでなでする。
Ivyさんはわざとらしくしかめっ面のような笑顔をしててんてんさんを「もー!」って見てて、
てんてんさんはごめんねごめんね、とでもいうように笑顔でIvyさんを抱き寄せて、頭をぽんぽんしてらした。

タイミング的に次がMCだったのでそういう流れで決まっていたのだろうけど、
てんてんさんとIvyさんがぎゅーっとハグしているところで照明が落ちて暗転してしまって、コントなの?みたいになってしまっていたのもまたかわいかった。
死ぬ、ていうか殺す気か。
ライブ会場だから耐えたけど自宅で同じ光景見たら(物理的にありえないから安心しろ)卒倒してると思う・・・。

ここで2回目のMC。

てんてん「あらためまして、今日は来てくれてありがとうございまーす。楽しんでますかー?俺は嘘偽りなく楽しいでーす!」

満面の笑みで叫ぶように言い放つてんてんさんを見て泣きそうになった。
てんてんさん、ライブが楽しいってよくおっしゃるようになったと思う。私の主観だけど。

私はここ3年間のてんてんさんしか知らないから浅はかなことを言っているとは思うし、
きっと昔から楽しい時は楽しいとおっしゃる人だったのだと思うけれど、
楽しさよりも、自分らしい表現ができたかどうか、とか、客席を動かすことができたかどうか、を気にしてしまうことも多かったように思うから。
焦りや怒りが顔に出てしまうことも度々感じていて、そのことに私はびくびくしたり心配したり、怒ってしまったりしていた。
ラッコになってからは、私はいつもてんてんさん楽しそうだなって思っている。ワンマンや主催を中心に観ているせいもあるかもしれないけれど。
始動当初の、メンバーさんの動きなどに対して手探りな感じはほぼなくなって、バンドとしての一体感が増していくとともに、てんてんさんはさらに自由に羽根を伸ばしているように見える。

勝手な願望を言うけれど、歌うことをお仕事だとも苦痛だとも思っていただきたくないなと思ってしまうし、
初めててんてんさんを、ラッコを見た人の心には何かしらの爪痕を残してほしい。
てんてんさんは歌うために生まれてきたような人だと思っているから。届いてほしい。
言ってること無茶苦茶だなあ。われながら。


てんてん「今日は俺の地元仙台ってことで、友達も2人来てて。〜と〜!後ろまで見えてるからな!!」

普通にご友人の本名をお呼びになるてんてんさん。

それから、少し動員の話に触れたあとで、真面目な表情で

てんてん「俺らのために1日使ってくれて、ここを選んでくれて、本当にありがとうございます。」

てんてんさん・・・。
「この場所」を選んで来ているんだということ、ステージの上に立っている方がわかっていてくださることがとても尊いし、胸が痛くなるような気持ちになる。

ステージの上の人達にとってはライブは生き様で、観客の私達にとっては端的には趣味で、でも生き方まで左右されることで。
付いていくという決意をもってここにいるということ。
生きることは選ぶこと、と常々思いながら生きている私には刺さるものがあった。
「選んでくれてありがとう。」これは私が好きな作品に出てくる台詞。

てんてん「5月20日は新宿ReNYでツアーファイナルで、大きい所でやるんですけど、その日はきっと見違えるような俺が・・・いや、見違えるようなラッコが見せられると思います。遊びに来て下さい。」

てんてんさん、告知ごとが苦手なイメージがあったんだけど(私てんてんさんに対していちいちひどすぎない?)、
ReNYのことはライブでもインストアでも必ず必ず丁寧に真剣な表情でお話されるし、
それも押し付けがましくなくて、今日が楽しかったならファイナルも来てほしいな、というニュアンスでそれでも真摯で。
聞くたびになんだか感動して涙ぐんでいる。お前はてんてんさんのなんなんだよお母さんかよ。おこがましいよ。

そして、もう後半戦で残り4曲です、と説明されてから

てんてん「次の曲は、今の時代だからこそ必要な曲だと思います。・・・心込めて歌います。『人間博覧会』」


9.人間博覧会

ああそうだ、どこかのタイミングでこの曲の歌詞にかけて、
「悲しいニュースとか聞きたくないような君の噂話とかばかり聞こえてくる世の中だけど、今日この場所では全部ぶつけてきてほしい」
というようなことをおっしゃっていた。でもこの曲の前ではなかったと思う。

SNS社会、ネット社会を皮肉りつつ、上手くやっていきたいという願望も少し含まれている曲、ということらしいけれど、
てんてんさんらしい向き合い方と傷つき方があらわれているようで、胸が締め付けられるような思いになる歌詞だ。

<毎日が人間博覧会 競うように 虚像と知りながら 踊らされる君は>

<生涯かけて探す筈の自分らしさに 値段はつかない 君は君らしくあるがままでいいのに>

ひりひりするなあ。
私はてんてんさんの歌詞にあまり共感は持っていなくて、きっと寂しさの質が似ていなさすぎるんだろうと思ったりする。
だからいつかは共感をもって泣けるようになりたいなと思う。
今はただ、その純粋さや視点の独特な鋭さに泣いてしまうことが多い。

それと、「値段はつかない」からのあたりだと思うけど、音源とライブでてんてんさんの歌うメロディが違う部分があると思う。
コーラスとして入りそうな何音か上のラインに聴こえる。


10.幽囚谷のバッタ

語彙が少ないのでこの曲の魅力を上手く言えなくてもどかしいけど、この曲やばいくらいかっこいいと思う。
milkさんは一風変わった曲というか印象に残る曲を作られることにとても長けている方なんだなというのが
2ヶ月連続リリースの音源を聴いてみての感想なんだけれど、この曲はとにかく一度通して聴いてみてほしい。

映像も滅法かっこいいし凝っている。
てんてんさんがMVで見せる、指先の動きひとつまで神が宿るようなところが本当に好き。
首の角度とか振り向く速度とか。何もかもがこれが答えでしかない、と思ってしまうような勘の良さがある。

歌詞も韻を踏んでいたりダブルミーニングだったり膝を打つようなポイントがたくさんあるので、
ぜひ歌詞カードを読みながら聴いていただきたい。読みにくいけど、歌詞カード。

<僕等胸に着いたシミがとれないでいるよ 悲シミ 苦シミ 拭えない>

この部分とか最高に好きで最初に気づいた時は震えた。

てんてんさんは、というか基本的にハッピーなことばかり歌っている人以外はそうなのかもしれないけど、
もがき苦しむようなことを歌詞として吐き出して昇華していることが多いから、読み解こうとすれば辛くもなるけれど、
この曲に描かれるような、野心というか負けの味を知っていて、それでもなお飛び越えようとする、強さというよりは情念のようなものは、ずしんとした鈍い衝撃を受けるところがあったなって。

<誰かを蹴り落としても飛び越えたいと誓った そんなカルマがどこまでも君を追いかけてくる>

であり、

<誰もが幽囚谷の住人 飛び越える足を持つのならさぁ蹴り上げて>

であり。なんとも覚悟を感じるような内容だと思う。
はいライブ感想より逸れすぎている。病的に長文書くタイプの中二病なので文字化し始めると止まらないから駄目。
もう誰かラッコの曲の世界観語るナイトしよう、私ひたすら泣く役ね。。。(会話が成立しないのでやりません)

ライブのことに話を戻すと、この曲のギターが超絶かっこいいのでSANさんにもmilkさんにも注目してほしい。
なんだこのかっこいい展開は・・・ってなる。


11.火花を散らしたら

これもライブチューンだなあ。音源で聴くよりライブが数倍かっこいいと思っている。
最初は振り付け(というほどでもない)が曲に合ってない気がしてなんかのりきれなかったけど。
左右に腕あげるのとか手バンとかそういうの。
対バンライブではみんな一緒にやってくれそうな感じなのでよいのかもしれない。

眼鏡屋さんの収録曲はやはりライブ向けというか、定番になるように想定して作られているのかもしれないなあと思うなどした。
Ivyさんがなにかとてもかっこよかった気がする。(いつもかっこいいです)


12.Googly eyes

走ったり戻ったり走ったり忙しいのであまり記憶がないよ。
走ってるときにステージ際まで行った感想としては、ここステージ高すぎて最前列の人はほぼ見上げている状態なのでは・・・でした。
でもなんだか楽しかった。意味がわからなくなるくらい楽しくて、わー!ってなってた。

曲終わり、まだ残響が残る中だったろうか、てんてんさんが口を開く。

てんてん「今日はアンコールやらないつもりだから、この曲で終わりなんだけどさ。終われねえよなあ?!」

追加してくれるのかな。1曲でも多く聴きたいしアンコールも絶対呼び戻すからなの気持ちでいると、

てんてん「隣の奴と手繋げ!!」

ということは。あの曲をもう一度聴けるんですね。


13.ほろ苦ィ。

手繋ぎヘドバン始まりバージョン、私は久々に体験した気がする・・・。
いつもヘドバン苦手なのでさぼってるんだけど、これだとしないわけにいかないから辛みある。
でも好きな曲だからもう一度聴けてうれしかった。
そしてSANさんのギターソロはワウ踏まないパターンだった、ですよねそっちが今やスタンダードですよね。
だからこそ1回目のほろ苦ィ。では貴重なものが見られたのかもしれない、とまた胸を熱くするなどしていた。

そういえば途中から私あまりてんてんさんの話してないね。歌詞の話ばかりだね。
てんてんさんのこと見てるよちゃんと見てたよ。
てんてんさん、くらくらしてるとMCでお話されていたけど、不調は感じさせることなく、
むしろいつも以上に噛み付くように前のめりで歌ってらして、胸に迫るものがあった。

曲の最後にてんてんさんが、

てんてん「辛いこととかあったら、俺がお前らの苦味になるから。また一緒に、味わいに来いよ」

とおっしゃっていたのがなんだか泣けた。

本編はここまで、軽く手をあげて歓声に応えて、客席を一瞥してから去っていく横顔を美しいなと思って見ていた。


encore

幕が閉まって、アンコールを叫ぶ声が長く続いたあと。
静かに幕が開いて、開演時と同じようにメンバーさんがすでにステージにいるのが見えた。
真剣な表情に息を飲む。そして始まった曲がなんであるかに気づいたときは崩れ落ちそうになった。


1.滅亡のブルース

私がラッコで一番好きな曲。愛してやまない。
ライブでの演奏頻度は高くないから、聴けた日は全身で受け止めたいと必死だ。

私はてんてんさんの声が世界一好きで、その中でも、こんな風に切なさを歌いあげるような曲をこそ、てんてんさんに期待してしまっていて。

ライブで初めて聴いた日のことをよく覚えている。
てんてんさんがこの曲を歌っていってくれるなら、私はラッコを好きでいられる。そう思った。
だから音源化が発表されたときは本当にうれしかった。大切な曲だ。

<異常な程優しく刷り込まれたこの世界で 何を信じたらいいのか困惑するよ>

<もし大虐殺お望みな神様がいるとしたら 何の為に僕等は産まれてきたんだろう>

フレーズのひとつひとつにてんてんさんの抱える葛藤や痛みがにじむようで。
てんてんさんが生きるうえでの寂しさや孤独が輪郭をもったような曲だと思う。

この日は「目立って生きて殺される人がいる」という歌詞を「殺される奴がいる」と、叫ぶように歌ってらしたのも印象的だった。

<君が放棄した世界 僕が壊すよ>

最後のこの歌詞だけで世界一愛せる。
私はてんてんさんだけじゃなくて世界を壊すことを歌う人に弱くて、それはつまりこのくだらない世界よりも目の前のその人のことが大切だという意思表示だと思っているからなのかもしれない。
現実の私ではなくて、私の中の17歳が、世界を壊してくれる人を必要としているんだな、と度々思う。

仙台でこの曲が聴けて本当にうれしかった。


次の曲に入るタイミングで、てんてんさんがhigiriさんの方を振り返ってあれ?と首を傾げる。
Ivyさんがセンターのお立ち台に乗って、にっこりとてんてんさんの方を向く。

てんてん「そうだよね?そこからかっこよく曲に入るはずだったよね?(higiriさんの方を向いて)こいつ話聞いてねえ!笑」

SANさんがてんてんさんにすっと近寄って何か耳打ちする。

てんてん「え?弦切れた?あ、(ギターを)交換してるのは見てた。白いのになったねーって。だから止めたの?」

メンバーさん同士で会話する時のてんてんさんは、いつもどこかうれしそうだ。
人懐っこくて、誰にでも恋人かと思うような距離感で接しているイメージがあるけれど、
ラッコでてんてんさん、メンバーさんに恵まれて本当によかったなあと思ってしまうことがよくある。
よかったですねー、と親戚のおばさんかよというくらいにこにこ見守ってしまう。


2.液体

そして2回目の液体でオールラスト。これもとても好きな曲なので2回聴けてうれしかった。
1回目の時だった気がするけれど、Bメロの手を左右に振る動きのところで、
てんてんさんが「左からだよー」と促して実際始まってから「・・・みんなから見ると右だった」とぼそっと呟いてらしたのがかわいかったです。

この曲は本当にリズム隊祭りなのでIvyさんとhigiriさんに順番に咲かざるを得ない。節操なしなので。

楽しかったな。本当に。

最後、てんてんさん何かおっしゃってたかな。覚えてないな。
満足そうな、でも少しはにかんだような笑顔だけは覚えている。
無邪気に笑う人だと思っているけれど、どこかはにかむところがまたいじらしくて好きだな。


ライブの感想はここまで。
ここまで読んでくださった方はいるのでしょうか。ありがとうございます。
読了のしるしに拍手ボタン押してくださったらうれしいですが、読んでくださっただけでうれしいです。


仙台での、てんてんさんのワンマン。
私は思い出してしまう記憶があって。
2015年7月15日のMy BACTERIA HEAT IsLAND仙台ワンマンでてんてんさんがおっしゃったこと。

「今日のこの時間が終わっても、今日のことを胸に抱いて、この先も生きていけるように。そんな思いを込めて歌います。『無題』」

そうして演奏された無題という曲が、MBHIの曲の中で私は一番好きだった。

音源化されることはなく、その5日後の2015年7月20日を最後に活動休止に入り、ほぼ幻の曲となってしまったけれど。
Re:MBHIでも何度か演奏される機会があったことは、私にとっては大きな救いだった。

てんてんさんがその言葉をもしも忘れてしまっても、というかもう覚えていらっしゃらない方が自然だと思うけれど、
私は忘れられないし、きっと再び「無題」に出会える日までは、何度も何度も反芻すると思う。

だから、仙台で見るてんてんさんは特別なんだ。


ラッコとして広く知られてほしいです。ラッコのてんてんさんが好き。

それでも遠い未来に、また「無題」に出会える日が来ることを、その望みを、私はずっと胸の奥に抱き続けます。

いつの日か届きますように。大好きです。


スポンサーサイト
【2017/05/04 23:59】 | ラッコ | トラックバック(0) | コメント(0)
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。