プロフィール

香菜

Author:香菜
大槻ケンヂ先生、narasakiなっきー、ルーク篁さま、ANGEL-TAKAさん(肉眼で確認できる唯一の天使)、クラオカユウスケさん、点々さんが大好きです。

好きなバンドはCANTA、宇宙戦隊NOIZ、えんそく、My BACTERIA HEAT IsLAND、特撮、筋肉少女帯、coaltar of the deepers、INO HEAD PARK、eversetなど。

ライブという空間が生きがい。
しかし対社会スキルが異様に低いので人が多い場所ではキョドります。すみっこで生きてます。
脳内ダダ漏れチラシの裏blogです。
生まれてすみません。
Twitterでは「ザジ」という名前です。
どちらでも呼びやすい方で呼んでくださいませ。

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ザジ、あんまり殺しちゃだめだよ。
2011年3月11日
ご無沙汰しております、香菜です。
地震直後の日記に、たくさんのコメント、拍手、ありがとうございました。
つながり、というものを強く感じています。
おそらく一度も直接はお話したことのない方も多いのではと思います。
こんな風に、自分の思いをはき出すためだけに続けているblogですのに、
ありがたいことだと思います。
自分もまた、一度もお会いしたことのない方のblogの更新を見ては、
無事を知り安堵したりしています。


次回の更新からはいつものテンションになるようにしたいです。無理矢理にでも。
強く、日常を生きること。復興のために日常が、必要です。
それが直接的に被災しなかった人間ができる唯一のことだと思うからです。


この記事はとても読みづらいものになると思いますし、大変個人的な内容になります。
言葉を選ぶのが難しいけれど、今思っていることを書き留めたいのです。
一番、内心を吐露しやすいのがこの場所なのです。ご容赦ください。


東北地方太平洋沖地震から、昨日(18日)で1週間が経過しました。
発生の11日夜に自宅に帰り着いたときとは、心情も、事態も、大きく変わってしまいました。
災害が残した爪痕は、癒えるどころか現在進行形で深くなっています。
地震、津波、そして原発。今も続く余震。
不自由で不安な日々を過ごされている方々や、命をかけて救助や作業、支援にあたっている方々、
またそのご家族のことを考えると、本当に言葉が見つかりません。
もっと自分にも不自由を強いなければならないのではと思うような日々です。

1週間、気がかりだったことがありました。

東北地方の友人、先輩の安否です。
翌日に岩手の同級生、4日後に仙台の同級生の無事がわかりました。
今も不自由な生活をしているのではと思いますが、とにかく、生きていてくれて本当によかった。
もう1人、岩手の先輩の安否だけが、なかなかつかめずに時間が過ぎていきました。

先輩後輩一同でネット上で公開されている避難所ごとのリストを1日に何度も確認し、
Person Finder(Google作成の消息情報サイト)のページに生存確認の情報提供があがるのを待ちわびて、
気がつけば1週間が経過していました。そして生存者の捜索はこの日で打ち切りであるらしいと知りました。
亡くなった方の名簿だけはどうしても確認したくなかった。
ポジティブなイメージを絶やさないように必死でした。なんとかこの日の間に見つかってほしいと。

18日の夜、Person Finderに情報提供してくださった方がいたことに気づきました。
生存確認ではありませんでした。
先輩の訃報と、お子さんの無事を知らせてくださる内容でした。

今はまだ、実感を伴わない悲しみだけがあります。
忘れていたような些細な思い出が次々とよみがえります。
先輩は、あんなに誰からも好かれる人を見たことがない、と思うような朗らかな女性でした。

お子さんは無事だったこと、それだけが、救いです。
旦那さんも、今はまだ不確かな情報ですが無事でいらっしゃるようです。
そして先輩のご両親も、無事に避難されていました。

卒業後地元に帰られてからは他の人の結婚式でしかお会いできずにいましたが、
「○○さん!超~会いたかったです!!」とはしゃぐ私に、
ちょっと低くてあたたかいいつもの声で応えてくれた、そのときのことを
訃報を聞いてから急に思い出しました。
「子ども預けて来たから寂しい、かわいいよ~」とおっしゃっていたこともまた思い出しています。
朗らかで強くて優しかった先輩は、きっといいお母さんだったに違いないのです。

地震や津波がなければ、日本中に散らばった同窓生たちが
直接連絡はとらなくてもどこかで元気にやっているだろうなどと思いながら、
ただ静かに年月が過ぎていったはずなのに。一瞬で奪われてしまった。

こんなことが実際に起きるんだ、という事実に打ちのめされましたが、
自分が当事者でなく傍観者だということも、私は自覚しなければなりません。
ご家族の悲しみに寄り添うことすらできません。
叶うなら、先輩がどれだけ素晴らしい人で、どれだけたくさんの人に愛されていたのか、
ご家族に伝えられたら。
そんなことを、おそらく私だけでなく他の同級生や後輩も思っているはずです。
しかしそれには時間が、必要です。


発表される犠牲になられた方の数は日に日に増え、現在8000人を越えています。
大災害や戦争が起きる度に、一度に奪われる多数の命、というものに思いをはせることはあっても
その命のひとつひとつの重みを、それぞれの縁に降りつもる悲しみを、
想像できていなかったことに気づかされています。


先輩に生きていてほしかった。まだ信じたくない。
輝いていて、必要とされている人ばかりが先に逝く。
ろくでなしの自分がのうのうと生きていることが悔しくやりきれない。
それでも恥をさらしながら、生きていかなくては。


今日は、ただただ茫然と一日が過ぎていったけれど、
月曜からはなんとか働いて、生活を維持し、微力ながら経済や復興に貢献したい。
当たり前だったことをまた、当たり前にできるように、
継続的な支援につなげるために。


先輩の消息がわかったことで、1週間はりつめていた緊張の糸は切れましたが
東京においてさえいまだ非日常に放り込まれたような毎日は続いています。
薄暗く閑散とした街並み、自宅待機、停電や電車の運行状況を気にしての業務切り上げ、
商品のない店頭、緊急地震速報。放射能報道。東京を脱出して去っていってしまう人達。

今は原発の影響が東京にも及ぶので危ないとも言われはじめましたが、
(安全派と危険派の意見が乖離しているので、選択は個人の判断に委ねられていると思います)
私はここに仕事があり、守りたい生活がありますし東京を離れる気はありません。
しかし東京を脱出する人の気持ちも理解できます。
妊娠の可能性のある方や小さなお子さんのいる方ならなおさらです。

節電のため暖房を切って生活していますが、東京でこの寒さ。
被災地の寒さは想像を絶します。
どうか、救援と物資が十分に行き渡りますように。

今までは最終的な寄付先が赤十字である募金をしていましたが、
どこかを経由するのでなく、すばやい物資支援に直結しそうな寄付先についても調べたいと考えています。


3月11日以前と以後では、随分変わってしまった。
そのことは忘れないでいなければ。

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【2011/03/19 23:21】 | 日々 | トラックバック(0) | コメント(2)
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コメント
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【2011/03/21 21:07】 | #[ 編集]
>非公開コメントくださった方へ
コメントありがとうございます、レスが遅くなってしまいましたが、
お心遣い大変うれしかったです。ありがとうございます。

避難されている方の数も膨大ですので、
なかなか連絡がつかずに落ち着かない日々を送られている方もいらっしゃるのではと思います。
(その後いかがでしょうか。)

命の重さや悲しみについて考え込んでしまいますが、
しっかりしないとなあと思います。

いつもあたたかいお言葉をありがとうございます。
【2011/03/26 02:39】 URL | 香菜 #-[ 編集]
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